皆様、こんにちは。レスター司法書士法人の日高憲一です。
「M&Aの契約書は、AIやひな型を使えばなんとかなるんじゃないか」そう考えたことはありませんか?
確かに、AIが生成する契約書はパッと見た印象では非常によくできていますし、無料で手軽に使えるのも魅力です。
しかし結論から申し上げると、それだけでは不十分なケースがほとんどです。
そもそも契約書とは、何のために作るものでしょうか。
それはトラブルになった時の「解決基準を示すため」です。
そしてもう一つ大切な役割は、お互いが契約内容をきちんと理解することで、そもそもトラブルを未然に防ぐことです。
AIやひな型が生成する契約書の問題点は、単純なパターンしか想定していない詰めの甘い内容になりがちなことです。
想定外のトラブルへの対処が抜け落ちると、後から裁判になったり、契約自体が解消されたり、さらには大きな税金を払うことになりかねません。
M&A契約書は1条から30条、場合によっては50ページを超えるほど分厚くなることもあります。
その全てを一般の方が理解するのは難しいため、本日は特に重要な3つの条項
- 表明保証
- 競業避止義務
- アーンアウト
に絞って、それぞれのリスクと注意点を解説いたします。
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表明保証:「問題ありません」という約束の落とし穴
M&A契約書において最初に押さえておきたいのが表明保証(ひょうめいほしょう)です。この条項が何を意味するのか、どんなリスクをはらんでいるのかを解説します。
表明保証において注意すべきポイントは以下の3つです。
- 表明保証が必要な理由
- 違反した時の対処を明確に決めておくべき理由
- 保証の範囲・期間は双方で調整すべき理由
それぞれ解説します。
1. 表明保証が必要な理由
表明保証とは、売り手の社長が「私の会社には何の問題もありません」と誓約・宣言する条項です。M&Aはよく「結婚」に例えられますが、表明保証はまさに「何のトラブルもありません」と誓う約束のようなものです。
なぜこの条項が重要なのでしょうか。会社というのは、会計・人・物など様々なものが動いている生き物です。デューデリジェンス(DD:買収前に行う企業の詳細調査)でどれだけ念入りに調査しても、100%を調べ尽くすことは難しいのです。
人間の健康診断でも、精密検査をしても見つからない病気があるように、会社の調査でも後から問題が出てくることがあります。具体的には次のようなケースが考えられます。
- 売上の数字が実態と異なっていた
- 「大手取引先がある」と聞いていたが、実はすでに契約が打ち切られていた
- 過去に脱税があり、M&A後に税務署から追徴課税の請求が来た
- 契約時点では表面化していなかった訴訟が数年後に起きた
売り手の社長が悪意を持っていなくても、後からトラブルになるケースは十分にあり得ます。「その時点では本当に問題がなかった」という状況でも、買い手としては不安は尽きません。表明保証はその不安を解消し、万が一の時の対処方法を事前に取り決めるための仕組みです。
2. 違反した時の対処を明確に決めておくべき理由
表明保証で注意が必要なのは、「違反があった」という事実だけを定めて終わりにしてはいけない点です。違反した場合にどれだけ賠償するのかを明確に規定しておくことが大切です。
「違反だ!」と大きな声で言ったとしても、「では具体的にどうするのか」が契約書に書かれていなければ、結局もめることになります。損害賠償の金額・上限・対象範囲まで、きちんと取り決めておくことをお勧めいたします。
3. 保証の範囲・期間は双方で調整すべき理由
表明保証は、その内容が広すぎても取引のスムーズさを損ないます。例えば保証期間が「5年・10年」ともなると、売り手は会社を売った後もずっと責任を負い続けることになります。
- 買い手側:表明保証の範囲はできるだけ広く、期間も長くしたい
- 売り手側:表明保証の範囲は最小限に、売った瞬間に責任を終わらせたい
この対立を調整するのが、M&Aの仲介会社(または双方に付くFA=ファイナンシャルアドバイザー)の役割です。例えば売り手が「1年」、買い手が「5年」を主張した場合、「では3年にしましょう」といった落としどころを提案してくれます。
お互いにとって納得感のある表明保証の設計が、気持ちのよい取引につながります。
競業避止義務:「近くで同じ仕事をしない」という約束の設計
次に解説するのが競業避止義務(きょうぎょうひしぎむ)です。この条項の意味と、設計を誤った場合のリスクについて見ていきましょう。
競業避止義務において注意すべきポイントは以下の3つです。
- 競業避止義務が必要な理由
- 範囲・期間が広すぎると条項自体が無効になりかねない理由
- 「同種の業務」の定義を明確にすべき理由
それぞれ解説します。
1. 競業避止義務が必要な理由
競業避止義務とは、売り手が会社を売った後に、近くで同じような仕事をすることを禁止する条項です。
なぜこれが必要かというと、例えば有名なシェフが経営する飲食店をM&Aで買ったとしましょう。その後、そのシェフが近くのビルで同じ料理を出す別の店を始めてしまったら、せっかく買ったお店のお客さんが全員そちらに流れてしまいかねません。塾の先生、人気の医師なども同じです。買い手が「人」や「ブランド」に価値を見出してM&Aを行った場合、こうした事態が起きると買収の意味が失われてしまいます。
実際に日高が担当した案件では、有名な医師の方が「引退するから」という前提でM&Aが成立したにもかかわらず、その後近くの病院でアルバイトを始めたというケースがありました。患者さんがそちらに流れる恐れがあり、買い手側が強い不安を感じたという事例です。
2. 範囲・期間が広すぎると条項自体が無効になりかねない理由
競業避止義務は、設計が過度になると条項自体が法的に無効と判断される可能性があります。
例えば「隣接する都道府県で、20年間、同種の業務を禁止する」という条件を設定したとしましょう。九州や関東・関西では隣接都道府県の数が多く、事実上の営業禁止エリアは非常に広くなります。そこに20年という期間が加わると、売り手はほぼ仕事ができない状態に追い込まれます。こうした過度な競業避止義務は、売り手にとって不当な負担となり、条項が無効とされるリスクがあります。
また、売り手が表向き競業を止めていても、新たに別会社を設立して背後で操作するというケースもあります。そういった抜け穴も契約書で明示的に禁止しておくことが重要です。
3. 「同種の業務」の定義を明確にすべき理由
競業避止義務でよくもめるのが、「同種の業務とは何か」という定義の問題です。
例えば、不動産業を営んでいた社長が近くでホテル業を始めた場合、これは「同種の業務」に当たるのでしょうか。不動産とホテルは業種が異なりますが、ノウハウや顧客基盤が流出する可能性を考えると、買い手としては気になるところです。
「何をしてはいけないのか」「どこまでやってはいけないのか」を曖昧にしたまま契約書を巻いてしまうと、後でトラブルになるリスクが高まります。具体的な業務内容・禁止エリア・禁止期間を明確に規定し、双方が内容を十分に理解した上で契約することが大切です。
アーンアウト:後払い報酬の仕組みと税務上の落とし穴
3つ目の条項がアーンアウト(Earn-out)です。一見すると双方にメリットのある仕組みですが、見落としがちな重大なリスクが潜んでいます。
アーンアウトにおいて注意すべきポイントは以下の2つです。
- アーンアウトの仕組みと活用場面
- 後払い報酬にかかる税金が想定外に高くなるリスク
それぞれ解説します。
1. アーンアウトの仕組みと活用場面
アーンアウトとは、M&Aにおける譲渡代金の後払い方式のことです。
具体的なイメージをつかんでもらうために、以下のような状況を想像してみてください。
- 現時点で売却すると:1億円
- 3年後に売却すると:1億5,000万円(成長分が上乗せ)
- 5年後に売却すると:3億円
このような成長途上の会社の場合、売り手は「今すぐお金は欲しいけど、今の価格で売りたくない」という気持ちになります。一方、買い手は「今すぐ買いたい」という状況です。
そこでアーンアウトを使うと、今は1億円で売り、3年後に一定の条件をクリアしたら残りの5,000万円を追加で支払うという形にできます。売り手にとっては「今お金が入り、頑張れば追加報酬ももらえる」、買い手にとっては「会社を成長させてもらいながら、最終的に高い価値の会社を手に入れられる」という、双方にメリットのある設計に見えます。
2. 後払い報酬にかかる税金が想定外に高くなるリスク
ここがアーンアウトの大きな落とし穴です。
M&Aの売却益にかかる税率は、通常であれば約20%です。しかしアーンアウトによる後払いの5,000万円については、約55%の税率が適用される可能性があります。
この点については現時点で法律上の明確な規定がなく、最高裁判所の判例もまだ出ていません。ただし大阪高等裁判所では「このケースでは55%が妥当」という判断が示されています。
5,000万円の後払い報酬に55%の税率が適用されると、約2,500万円が税金として持っていかれる計算になります。「追加で5,000万もらえる」と思っていたら、手元に残るのは半分以下——これは売り手にとって大きな誤算になりかねません。
- 通常のM&A売却益:税率約20%
- アーンアウトによる後払い報酬:税率約55%(大阪高裁の判断による)
- 退職金として支払う場合:税率が大幅に低下(約1,000万円程度まで下がる可能性)
一つの対策として、後払い部分を退職金という形式に組み替える方法があります。退職金には税制上の優遇措置があるため、55%だった税負担が大幅に下がる可能性があります。
ただし、この判断は税理士の専門分野です。アーンアウトを活用する場合は、法務面を担う専門家(司法書士・弁護士)と税務面を担う税理士が連携したチームを組み、税負担が最小限になる仕組みを慎重に設計することが重要です。
まとめ
本日の内容を整理いたします。
- 表明保証:売り手が「問題ありません」と誓約する条項。違反時の賠償内容を明確にし、保証期間・範囲は双方で調整することが大切
- 競業避止義務:売り手が売却後に同種の仕事をすることを禁止する条項。範囲・期間が広すぎると条項自体が無効になるリスクがあり、「同種の業務」の定義も明確にすべき
- アーンアウト:譲渡代金の後払い方式。双方にメリットがある一方、後払い報酬に約55%の税率がかかる可能性があり、税理士との連携が不可欠
- AIやひな型で作成した契約書は、個別の事情に応じた「抜け穴」が生じやすく、M&Aのような複雑な取引には不十分なケースが多い
- 売り手に有利な契約は買い手に不利、買い手に有利な契約は売り手に不利。双方にとって納得感のある設計を行う仲介会社・専門家の活用をお勧めいたします
M&Aの契約書は、法律・税務・交渉と多くの専門知識が絡み合う複雑な領域です。ご不安な点やご不明な点がございましたら、どうぞお気軽にレスター司法書士法人にご相談ください。
本記事の内容は、YouTube動画『アーンアウトにおける税負担の比較』でも解説しています。ぜひあわせてご覧ください。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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